懐かしい名盤 Part279

Bob Dylan ~ Bringing It All Back Home

1965年作品
[Wikipediaより記事抜粋]
ディランが初めてエレクトリック・バンドをバックにつけるようになったアルバムで、しばしば最初の「フォーク・ロック」アルバムと見なされる。
これについては諸説があり、前年に発表されたアニマルズの「朝日のあたる家」を最初のフォーク・ロックとする説もある。
アンソニー・スカデュトの『ボブ・ディラン』(小林宏明訳・二見書房)によると、ディランもこれに刺激を受けたと言う発言をしている。
但し、伝承曲のカバーでなく完全なオリジナルのフォーク・ロックを創造したという点ではディランが最初である。
A面はエレクトリック・バンド、B面はアコースティックを主体とした曲で構成されている。
シングル・カットされた「サブタレニアン・ホームシック・ブルース」は、ディラン自身のシングルで初めてチャート入りし、39位を記録した。
同曲の「You don’t need a weather man to know which way the wind blows(風向きを知るのに予報官は要らない)」や、「シー・ビロングズ・トゥ・ミー」の「Don’t look back」という一節は若い世代のスローガンとなり、後者は1967年に制作されたドキュメンタリー映画『ドント・ルック・バック』のタイトルとなった。
「ミスター・タンブリン・マン」は、バーズによってシングルとしてリリースされ、ディランの曲として初めてビルボード・チャートで1位を記録した(ピーター、ポール&マリーの「風に吹かれて」は最高2位)。
「イッツ・オールライト・マ」は1974年のツアー(『偉大なる復活』収録)で歌われたとき、ちょうどウォーターゲート事件が問題になっていたため、「But even the president of the United States sometimes must have to stand naked(アメリカ大統領でさえ、時には裸で立たなくてはならない)」という一節が喝采を浴びた。
また、「マギーズ・ファーム」は1980年にイギリスのブルース・バンドがカバーしたとき、当時のマーガレット・サッチャー首相(愛称マギー)の政策に不満を持つ人々の間で、彼女に対する批判として歌われた。
「イッツ・オール・オーバー・ナウ、ベイビー・ブルー」は1965年のニューポート・フォーク・フェスティバルで、古いフォーク・ファンから非難を浴びて退場したディランが、アコースティック・ギター一本で再登場し、涙を流しながら過去との決別をこめて歌ったという逸話で知られる。
ダニエル・クレイマーによって撮影されたアルバム・ジャケットは、ディランのマネージャー、アルバート・グロスマンの妻サリー・グロスマンがディランの後ろに座り、ロバート・ジョンソンや エリック・フォン・シュミットのLPを含む色々な物が散在している。(一部の記事に、ディランの背後の女性を、彼の妻となるサラ・ラウンズだとするものが あるが、誤りである)本作は収録曲のリストが表ジャケットに表記されなかった初めてのコロンビアのLPであり、それは当時の業界の慣習から逸脱した物で あった。

Subterranean Homesick Blues
She Belongs To Me
Maggie’s Farm
Love Minus Zero / No Limit
Outlaw Blues
On The Road Again
Bob Dylan’s 115th Dream
Mr. Tambourine Man
Gates Of Eden
It’s Alright, Ma (I’m Only Bleeding)
It’s All Over Now, Baby Blue

Producer – Tom Wilson
Sleeve Notes – Bob Dylan
Written-By – B. Dylan